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看護師さんもIT技術が必要な時代となりました

ここ数年で、IT関連の企業は大きく発展してきました。
それとともに病院も電子カルテが増えたり、待ち時間がわかるように電光掲示板ができたりと、画期的になってきたものです。

しかし、規模が大きくなればなるほど曖昧になってくるものや、うまく機能していかない部分というのも起こってくるので、さまざまな分野で、効率の良さや機能の効率化的な意味も含めて、統合や管理が必要になってきています。
特に病院内にいる看護師や医師もすべてITに慣れている若い人ではなく、ITに慣れていない年配の看護師や医師というのもいるものなので、そういった高齢の勤務者が早く慣れるようにわかりやすくする配慮というのも必要になってくるでしょう。
電子化されているものや最新設備の使い方などは一度で理解し実行していくのは難しいですが、順序良く説明してもらえればわかりやすいですから、病院内で働いている人同士でわかりやすくしていくというのも良いです。
病院独自のマニュアルというのも作っておくと、新しく勤務することになった人がきても安心でしょう。

また、オフィスで働くときに、社員でも派遣でもできると重宝されるのがエクセル、パワーポイントなどのスキルです。
会議やプランの提案をする時でも、特にパワーポイントができると分かりやすく説明できますし、わかりやすいデータの書類を作成するにはエクセル技術も必要です。

こういったパソコンなどの技術は、病院で勤務するには関係ないとも思いがちですが、カルテの管理や医療事務などの仕事では必要になってきます。
病院もどんどん環境が変わってきますから、こうしたパソコンなどのオフィスで使うような技術にも目を向けてみると良いでしょう。

私が働く豊中市の総合病院でも、最新のIT設備が備わっています。
私は受付の事務員ですが、看護師さんたちもみなさん、器用にPCを扱っています。
看護師さんの就職や転職の際の評価として、PCのスキルも評価されているようですね。
⇒⇒⇒http://看護師求人豊中.com

また、薬剤師になる人であれば薬のデータもパソコンで管理することがあり、データ管理なども大事になってくるので、薬だけでなくITの知識取得にも目を向けてみると良いでしょう。
今の若者はスマホ慣れしているので、抵抗ないことのほうが多いでしょう。

本当に小児科医なのか怪しい!むしろ薬剤師の方が信用できる!

以前子供たちが赤ちゃん頃からお世話になっていた小児科は地元では一番古くからある病院なので何時も地元も人たちで病院内は混雑してました。
お盆休みも短く年末もぎりぎりまで診療してくれるので子供がいる親にとってはとてもありがたい病院でした。

学校医も担当しているため近隣の小学生はほとんどこの小児科を受診しているような状態でしたが新興住宅地なので少しずつ周りに小児科が増えていくと待ち時間が短くなっていきいつも受診している私たち家族にはありがたかったのですがそのころからその小児科で処方された薬が効かない。
診察された病状があっていなかったなので話が出るようになりました。

もちろん不満ばかりではなかったのですが実は我が家の子供たちも咳が出て受診し薬を処方してもらっても治りが遅かったりママ友の話では赤ちゃんの咳が止まらずにその小児科を受診したら風邪薬を処方されましたが咳が止まらずに他の病院を受診するとほんとRSウイルスと診断され赤ちゃんが入院してしまうなど、診察自体が間違っていたり薬が効かない話がどんどん広がっていきました。

それでも我が家の子供たちはその小児科を受診していたのですが息子の咳が止まらず高熱が出て処方してもらった薬を飲ませてもなかなか体調が回復せずそれまで小児科の先生が出してくれた薬に間違いはないと思い込んでいましたがあまりに体調が回復しないのでママ友に聞いた違う小児科を受診するといつも行っている小児科とは違う薬を処方されのその薬を飲ませると息子の熱はすぐに下がり咳も止まりました。
そこは院内に薬剤師さんがいました。地方の病院でしたので年収700万円くらいで雇っていたそうです。このサイトで募集したそうですよ。
募集してたサイト:薬剤師求人700万.com
そりゃいいお薬を出せると思いました。

今まで他の小児科を受診することなど全く考えていませんでしたがそれ以来、以前通っていた小児科を受診することはやめてしまいましたが他のママ友からもその小児科でレントゲンをお願いしたらレントゲンが使えなかったり点滴もできないなど、聞いてみるとたくさんの問題があったようで現在は昔と比べると待ち時間も少なく受診する子供も減ってしまったようです。
信頼して通っていたので医療ミスなどをされたわけではありませんが薬が効かない、レントゲンや点滴ができない小児科には何となく足を運ばなくなり優しくてよい先生だったのでもう少し薬の処方や点滴、レントゲンなどのことも考えて欲しかったな、思いました。

首の良性のしこりを取る為に入院した病室が丁度良い

母が40代の頃、右の顎の直ぐ下に良性のしこりが二つ出来ていました。何も悪さをするわけではありませんが、しこりは年々大きくなり顔の輪郭が悪くなるのを気にして母は手術をする事にしたそうです。その時母は50代でした。横浜市立みなと赤十字病院での手術でした。

その当日私は学生で母の病院の近くでアルバイトをしていました。なので、短大が終わりアルバイトに行く前など母のお見舞いに良く行きました。

上の方の階の綺麗な個室の部屋と言う事もあって、眺めは良いし、ソファーもトイレも付いていて快適な綺麗な部屋でした。
私は良く昼寝をしたり売店でプリンを買ったりして食べていたのを覚えています。たまたまシフトの関係もあり、ほぼ毎日お見舞いに通っていたと思います。兄もまた近くで学生をしていたのでその快適な部屋に良く集まりました。私がお見舞いに行けば、しばらくすると兄か父が合流する形になりました。父もまた仕事帰りの通り道なのでちょくちょく寄っていました。

病院での食事も母はあまり美味しくないと言っていましたが、自動でベットまで運ばれてくるご飯に当日の私は何か特別な美味しいものの様に思えました。検査入院から、術後の経過も含め1週間前後の入院生活だったと思いますが、私にとっては何故かもっと長い期間の様に感じました。

そして手術は無事に成功しました。そんなに難しい手術ではないけれども、万が一失敗すれば後々舌が痺れたり、味覚に障害が残る事もあると聞いていたので私もみんなもほっとしました。

手術痕は少し奇妙な印象を受けました。担当の先生はベテランの先生でした。傷口の縫い跡が15センチ弱位あるのですが、途中の7センチくらいまでは真っ直ぐで綺麗な縫い跡です。しかし残りの縫い跡は明らかにガタガタと言った感じでした。大きな病院だったので、もしかして途中から見習いの先生が縫ったんじゃないとみんなでその傷跡をみて話しました。担当の看護師さんはとてもやさしくていい方だったのですが、派遣の方だったので何となく聞きにくくて確認もしませんでした。※看護師 派遣 横浜

あれから10年くらい経ちますが、傷跡はすっかり目立ちにくくなっています。私は素人ですが、ベテラン先生はあえて途中からガタガタに縫われたのかなと今では思っています。

未熟児で生まれたので神経科で発達確認をしました

子どもが早産で生まれた為、子ども病院の神経科で経過観察を昔受けていました。

診察は赤ちゃんのうちは半年に一度程で修正月齢(実際に生まれるはずだった月齢)ごとに理解度や言葉の発達を見て行きました。とは言っても、毎回診察は2分程度です。先生は子どもの顔は殆ど見ず早口で「物を目で追いますか、大人の声に反応しますか?」などの母子手帳通りの質問を問いかけ、それに私が答えてはい終了という感じです。

何の為の時間なのかと思う程サバサバとした物でした。その先生は二回程診てもらい別の病院に異動になったからと次に行った時に他の先生が担当になっていました。そこで初めて神経科に行く意味を色々質問したり、神経科には何の為に通うのかなど聞くことが出来ました。

未熟児で生まれた赤ちゃんは、少なからず脳にダメージを受けている可能性がある為、成長の中で言葉が出なかったり字が読めなかったり、発達障害が無いかなどを経過観察していく必要があるそうです。赤ちゃんのうちに遺伝子検査をし、MRIで脳にダメージが無いかの確認もし大丈夫でした。それでも神経科の経過観察は必要なのかと質問すると、MRIに映らない小さな脳のダメージもあるからという事でした。

字を読む、人との関わりが上手く出来るなどは3才4才くらいにならないとわからないからということでした。その先生はこちらの質問にも丁寧に答えてくれました。子どもは言葉の出だしも普通でした。一歳の半ばくらいになるとだいぶしっかり話す様になりました。そこで、私も家で子どもの理解度を確認してみようと思いました。自分で犬や猫や鳥の絵を描いて、「犬のカードを取って下さい」と子どもに言うと「これ」渡してくれました。

二歳半くらいになると字が読めるかも早く確認したくて、ひらがなを教えてみると自分の名前やりんごや簡単な単語はすぐに覚えました。この頃は一年に一度のペースで神経科には通っていました。

4才の頃どっちでも良いけどと言われましたが、年齢に応じた発達のテストもクリアしました。計算も人との関わりも問題無いと言うことで、看護師 求人 登戸で働いている親戚がいるにも相談し、神経科は5歳の頃終了しました。

長崎県で一番経験の積める看護師就職先は長崎大学付属病院かな・・・。

第一子を妊娠中、切迫早産で入院していました。

長崎市内の個人の産院で入院していましたが、1ヶ月半くらいが経過した頃、点滴MAXでもお腹が張ってしまうようになったので、大事をとってNICUの設備が整っている長崎大学病院へ転院することになりました。

私個人としては、産院でお世話になりたかったのですが、産院で使える点滴が上限に達してしまったため仕方なく転院することにしました。
長崎大学病院は、さすが、設備が整っていて、お腹に付ける機械のデータもナースステーションのパソコンで見られるようになっているみたいで、何か異常があるとすぐに看護師さんがかけつけてくれました。

産院とはまた違った感じでしたが、安心してお世話になれるなと思いました。
最初はまず32週を目標にしてがんばろうねと励ましてもらっていましたが、それもクリアして妊娠の週数もだいぶ進んでいきました。
妊娠32週を過ぎると、赤ちゃんはもし産まれてしまっても自分で肺呼吸ができるんだそうです。

まずは一安心、次はあと2週間と言ったように、少しずつ目標を決めてモチベーションを高めていました。
お腹もだいぶ大きくなって、もし万が一産まれてしまっても大丈夫な週数になってからは、自分の部屋のトイレだけでなく、外のトイレにも行ってみてねと言われたりしていました。

その大学病院では、間もなく助産師外来が始まろうとしていたようで、助産師さんがお腹のエコーを調べたりする練習をしていました。
そして、私も助産師さんの練習台になりました。

今日エコーやってもいい?と聞かれ、いいですよ~と言って、時間になったら分娩室に移動してエコーをやってもらっていました。
助産師さんも練習になるし、私も赤ちゃんの様子が見れたので嬉しかったです。
今日も元気!と言ってもらえるとホッとしていました。

女の子だね~とか、体重は何キロくらいだよと色々教えてもらって嬉しかったです。
私も無事退院し、出産も出来ました。
助産師んさんも今頃は助産師外来でがんばっているのかなーと時々思います。
長崎大学付属病院はベテランから新人まで、看護師さんのレベルがすごく高いと思いました。やっぱり新卒で研修するならこういう病院がいいんじゃないでしょうか?
色々経験も積めますしね。
看護師求人長崎で仕事を探している方は参考にしてみて下さいネ。

結婚したら子供がいて当たり前?

妊婦
結婚して早く孫をと言葉に出されるたびつらくて、授かりたい思いが強く義お母さん義お父さんに顔出しに行くたび恐れての生活になりました。

両親は、良い方で遊びに行くと笑顔。良い方で良かったなて思う。
私も旦那も甥っ子姪っ子が次から次に誕生するので、私達も早く親になりたい気持ちが強くなる。

そんな中、女性なら当たり前のように来る生理が嫌になりました。女で産まれて来たら女性は赤ちゃんを産むのが当たり前と思われてます。
生理がくる事は、健康な証拠と自分に言い聞かせて落ち込む気持ちを抑え、生理が終わる日を楽しみに過ごしてました。
周りを見渡せば結婚に出産に幸せな家庭があって良いな、と気づけば人を羨む生活をしてたんです。

1日も早く義お母さんお父さんに孫を抱いてもらいたいと願いながら過ごしてたんですが、こればかりは願ってもなかなか叶えれない。
諦めたくなり、なぜこども授からないのか悩み夫婦で不妊専門のドアを開けて行ってみたら、旦那に原因が見つかりあまりのショックに夫婦で涙を流しました。

旦那が一言発した言葉が胸に来て嬉しかった気持ちがあります。
『愛する人と出会って結婚した。結婚し子孫を残すという、親孝行が出来なくても結婚できた事だけで親孝行やで』と言ってくれたんです。

涙を堪える姿を見て現実から逃げたくなる気持ちを抑えながら私も辛いけど、この時に旦那は、我慢してくれてるんだと思いました。
夫婦は、支え合って生きて行くんだと絆が深まり、生きて行こうと心から思ったんです。
私が生理で落ち込み悩んでる日は、明るく振舞ってくれて外にも出してくれて悩まなくて良い日を作ってくれて改めて旦那の存在を知ることが出来たんです。

結婚生活もはたから見ると仲の良い夫婦と思われがちですが、喧嘩をもします。
逃げないで立ち向かう忍耐こそ旦那と出会って結婚した証なんだと心から思えるようになったんです。何だか気持ちがスッキリしました。

後日義両親と私の両親に話をしたら納得してくれて今は、孫の話は、されなくなり、それはそれで寂しい反面、気持ちが楽になったて思ってます。